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2024-03-19 [Tue]
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2008-02-03 [Sun]

何時か僕は夢を観ていた。眼瞼の先で廻る、静寂に滿ちた寸劇。僕に支配されし、世界。静謐と漆黑が揺蕩う先に、異様に鈍く留まる紅の潜む双つの果実。手の中の、狂氣に絡まる冽たい銀色の刺激。惡意に滿ちた寸劇。其の全てが、僕だった。

「ダンチと僕と痛める釦」

聲を出せなかった。全躰が戦慄いて、冰りついた様になった。脳髄は不思議と、此の殺戮の黙を拒んでいる。紅、紅。艶やかに下垂る極彩。僕に隣って扉を開けた対繭は蹙まる躰を張り詰めて、僕の耳元でそっと囁いた。
「視て御覧よ、君、此の美しいの、可翁だよ。」

日常は陳腐だった。

小さな、醜惡を収めるには余りも小さな厘の中で、紅の塊になった様に蹲る彼は窗から瀝がれる日の光に衒立れている。光は可翁の、不自然な程美しい微笑を完璧に捉えていた。何故彼がこの残虐を浴びているのか、僕には全く分からない。厘の彼方此方に滿ちた、可翁の泪は唯壱つを黙示している。可翁は死んだのだ。僕は紅に纏はりついた、昨日と同じ美しく恐ろしい微笑を湛えた可翁の姿を虚無の中しばらく眺めていたが、途端に恐ろしくなって、睛先を逸らした。厘じゅうが可翁の、あの、凛とした馨りで溢れていた日常は妙に鼻につく紅色の匂いに掻き消されていた。
 僕と同じ様にしていた対繭は、僕の貌が青ざめたのに気付いてか、酷く整った貌を此方に向けた。然うして何か壱言呟いた様に思えたが、此の閑とした厘の中でも不思議と其れは聞こえなかった。

彼の厘を後にした僕と対繭は、柩嬢を談話室へと寄越した。柩嬢は僕と対繭が夢見心地なのに真っ先に感受した様で、小首を傾げていたが、其の内審らかにする様を見せず緘黙し続ける僕と対繭に耐え切れなくなったらしく、如何して呼び寄せたのかを即刻、耳朶に触れたいとして僕ばかりを激しく督促し続けた。対繭は僕に隣席していながら、柩嬢の叱咤する様に外方を向けて閑かに佇んでいる。
僕は柩嬢に責められている内に紅の映像を知らぬ儘再び回歸させていた。信じられない奇観だった。僕は彼を眼前にして、仕方無く、美しいと意中していた。
 焦らされるのに厭きた柩嬢は頬杖を突いて唄い出した。僕と対繭の中で焦がれる冷め切った氷上に不釣合いな唄だった。何時もの、あの、柩嬢と可翁だけの愉しい唄だ。僕は柩嬢の歌聲に、何時の間にか日常を見出そうと頑になっていた。消え敢いそうな僕等の日常は、紅の映像に溶け込んで、しなやかに染まり切っていた。然して僕は日常を捨てる術しか持たない事を思った。
 唄い終えた柩嬢は真っ白な頬を仄かに染め上げ、清清しく可翁の姿を噛み締めていた。僕は柩嬢が恍惚と焦がれる様が余りに眩しく、醜く見えて、押し寄せた美しい光景を吐き出した。

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